Last Oath
       


















      
      今日、大好きな人と喧嘩をした。

      その人とは兄妹も同然で、子供の頃からずっと一緒にいたのだから、喧嘩などよくあることだった。

      いつもなら、意地っ張りな自分が黙りこくって、彼が謝って、自分も謝ってそれで終わり。

      でも今日は何故か無性に腹が立って、原因など些細なことなのに、家を飛び出してきてしまった。









 
      「・・・・・。」



      は人のいない防波堤で、足を抱えその中に顔を埋めていた。



      「ふーちゃんのばーか・・・。」



      幼さの残るその声は、波の音にかき消された。

      まるでを歓迎するかのようにキラキラと夕陽に輝く海が、逆に憎らしく感じる。



      「・・・・。」



      この間買ってもらったばかりの、携帯電話の着信音が響く。

      家出するつもりで引っ掴んできたバッグを漁り、それを取りだすと、そこには“ふーちゃん”とデジタル文字が浮かび上がっていた。

      電話には出ないと悟って、メールを送ってきたのだろう。

      無題のそれを開くと、一言。







      『七時には飯。』







      
      とだけ書かれていた。



      「・・・・心配しろよばかー。」



      はパタンと半ば乱暴に携帯を閉じると、ぽいっとバッグに放り込んだ。



      「帰ってやんないもん。」





      ちょうど今から10年前、色々あって風と暮らし始めた。

      風は本当は“かぜ”と読むのだが、“ふう”の方が呼びやすいのでいつも『ふーちゃん』と呼んでいる。



      「ふーちゃんが怒るからだもん。」












      時は一時間ほど遡る。





      は、漫画を読んで暇をつぶしていたいた。





      「ねーねーふーちゃん。」

      「んー?」





      風はいつものように、夕食の支度をしていた。

      パッと見、風は不良だ。

      髪の色は明るいし、ツンツンと立っているし、軽い感じに見え、先生からも目をつけられやすかった。

      それでも持ち前の明るさとユーモアに加え、女子から人気を集めるような外見も持っており、にとって風は自慢の兄のような存在だった。

      それに、意外に頭もいい。


      だが、風には少し欠点があった。

      の事に関して、過保護すぎるのだ。

      は今時の女子にしては幼すぎることもあるのだが、まるで幼児のような扱いをたまにする。



      「お前まだちっちゃいんだから、六時には絶対帰って来いよー。」

      とか、

      「はまだ子供なんだ。携帯なんて早いだろ!」



      とか、言っていたらキリがない。



      小学生の時は、に告白をしてきた男子を泣かせたこともあった。


      は背は少し低めな方だし、どことなく言動が幼い。

      だが容姿は愛らしく、男子に人気がある。
      
      その風の過保護さが、今回の喧嘩の発端となった。




      はじまりは、この言葉だ。


      「も、彼氏欲しいなー。」





      その言葉に、カシャン・・・と皿が割れる音がして、は振り向いた。



      「・・・お皿割っちゃだめだよ、ふーちゃん。」

      が新聞紙を持って台所に行くと、風はふるふると体を震わせていた。



      「ふーちゃん?大丈夫?ゆび切ったの?」



      消毒液を取りに行こうとしたの腕を、風が掴む。



      「お前なんつった・・・?」



      いつになく風が真剣で怖い顔をしているので、は首を傾げた。



      「”ゆび切ったの?”」

      「切ってない。・・・その前!」

      「”大丈夫?”」

      「大丈夫。その前!」

      「”ふーちゃん?”」

      「違う!その前だよ!」

      「”お皿割っちゃだめだよ。”」

      「わかってるその前だって!!」



      割れた皿そっちのけでの肩を掴んでくる風に、は顔を顰めた。




      「彼氏欲しいなー。」




      のその言葉に、風はぴきっと固まった。



      「お前・・・・俺はそんなはしたない子に育てた覚えはないぞ・・・・」

      「なんではしたないの?」

      「何でってお前・・!!!お前まだ子供だろ!」

      「子供じゃないもん。」

      「子供だろ!」

      「子供は15歳までだよ?」

      「何の根拠だよ!お前は子供なの!!!」

      「なんでよ!」

      「男といちゃいちゃするなんてまだ早いって!」

      「ふーちゃんだって前彼女連れてきたくせに!!」

      「お、俺はもう大人だからいいんだよ!!それにずっと前の話だろ!今はいない!!」

      「ふーちゃんずるい!!ふーちゃんだってとそう変わんないのに!!」

      「いーだろには俺がいるんだから!なっ?」

      「やだ!」

      「なんで!」

      「ふーちゃんはふーちゃんだもん!!」

      「そんなこと言ってたら彼氏できねぇぞ!」

      「うるさい、ふーちゃんのばーーーか!!!」





      そう言って落ちていたバッグを引っ付かんで、は家を飛び出していってしまった。

      風は止める間もなく、の出て行った玄関を見つめ、ため息をついた。




















































































 
      今の時間は、ちょうど7時だ。



      「こんな遅くに外に一人でいるの初めてだぁ。」



      はなんだか楽しくなってきて、沈みかけた夕陽に輝く初夏の海を見つめる。


      しばらくそうしていただったが、あれからなんの連絡も風から来ないことを、少し不安に思いだした。


      「怒ってるかなぁ・・・」



      彼氏が欲しい、なんて、本当は友達が言っていたことを真似して言ってみただけだった。

      少女漫画を読んでいても、彼氏なんて友達とそう変わらないように思えるし、恋というものもよくわからない。



      「ふーちゃんは・・、彼氏じゃなくても一緒にいたいもん。」



      ぽつりと一人そう呟くと、風のムスッと拗ねたような表情が浮かび、なんだか帰りたくなった。

      はお気に入りの白いワンピースについた砂を払うと、携帯を取り出して、家の電話番号をプッシュする。



      「・・・・・・・・・・。」



      暫く黙って機会音を聞いていたが、電話に風が出る気配は一向にない。



      「探しにいっちゃったのかな。」



      そう思い、風の携帯に電話をかけてみた。



      「・・・?・・・・・」



      こちらも繋がらない。

      なんでだろう。

      は不思議に思い、取り合えず家に帰ることにした。


















































































































      「・・・・・・・?」



      豊臣の軍師、竹中半兵衛は、庭になにか白いものが落ちていたような気がして、ふと立ち止まった。



      「・・・・人・・・?」



      書類を持ち直し、近づいてみる。

      そこには、まだ幼さの残る少女が眠っていた。



      「・・・・・・。」



      はっきり言って、珍妙だ。

      服は見たこともない形で素材も違うようだ。

      顔ははっきり見えないが、妙な袋のようなものを手にしている。

      半兵衛は書類を適当にどさりと置くと、少女を抱き上げた。

      普段なら、人が倒れているのを見ても、兵達に命じるだけで自分で連れて行くなどしない。

      しかもこんな怪しい少女を城に入れるなど、以ての外だ。


      だが何故か、放っておけなかった。




      「こんなことをしてる暇なんてないのだけれど・・・・」



      半兵衛は溜め息交じりにそう呟くと、少女を抱いたまま医務室へと連れて行く。





      そこに入ると、明るい老人の声が一番に耳に入った。





      「半兵衛殿ではないか!!!どうなされた!!また倒れなすったのか!!だからあれほどわしは無理をするなと・・・・」

      「・・・倒れていたら自分でここに来たりしないよ善左衛門。」

      「は、半兵衛どの・・・!!オレは半兵衛どのが死んだら・・・一体これから何のために生きれば・・・!!!」

      「・・・縁起でもないこと言わないでくれるかな赤丸。」

      「あ、兄上ぇええええええ!!!私はっ、私はぁっ・・!!!兄上を目標として生きておりましたぁあああ!!!!」

      「・・・僕はまだ生きているんだけどね久作。」



      半兵衛はいつもの面々の騒々しさに、一人ずつ丁寧にツッコみながら、寝台に少女を寝かせた。



      「して半兵衛殿。どこが痛いのじゃ?」

      「僕じゃない、と言っても伝わらないようだね?」

      「どこに生えている薬草でも、半兵衛どのへの恩返しのためならオレが喜んでとって来よう善左衛門の爺さん・・!!!」

      「じゃあ自分で睡眠効果のある薬草でも摘んできて眠っていてくれたまえ赤丸。」
          
      「赤丸どの!兄上のためには僕が行くからあなたは眠っていてください!」

      「正論だけど君も一緒に眠っていてくれ久作。」



      半兵衛は小さくため息をつくと、寝台に眠っている少女を指差した。







      「・・・・落とし物を、拾ったんだよ。」



      半兵衛の言葉に、パチパチと三人は目を瞬かせた。

      
































      「・・・・・。」



      何やら騒がしい声が聞こえ、は静かに目を覚ました。

      ぼーっとする頭で、周りを見渡し、誰もいないことを確認する。



      「・・・・保健室・・?」



      薬品の鼻を突く香りに、はぽつりと呟いた。

      だが保健室にしては広いし、どこか殺風景で、それでいて上品な感じがする。



      「ねむ・・・」



      はふあっと欠伸をして、寝台から降りた。





      そのとき突然外から、歓声にも似た大勢の男達の雄叫びが響いた。

      は驚いて、窓から下を見下ろす。



      「うわあ!」



      気持ち悪いほどの人の数。



      「の学校の何倍いるのかなぁ?」

      男達は未だ天を仰いでいる。

      どうやら、城の天辺に向けて声を発しているようだ。

      はくるりと上を向いた。



      「・・・・?」



      眩しくてよく見えないが、誰か二人いる。





      赤い人と、白い人。

      そのとき、その白い人と目が合った。・・・・ような気がした。

      だがは眩しさに目を細め、首を引っ込めた。



      「起きたのかい?」



      そのに声にびくっとして、は振り向いた。



      「あれ?さっき上に・・・いた人・・・?」



      よく見えなかったからわからないが、この人だったような気がする。

      戸惑っているようなに、その人はふわりと微笑んだ。



      「上・・・?あぁ、それは僕の兄上だよ。」

      「お兄ちゃんいるの?似てるね。」

      「そうかな。君、兄上を知らないのかい?」


      銀色にも輝く純白のふわりとした髪と白い肌に、深い紺色の瞳が映えている。

      言っちゃ悪いが相当な女顔だ。

      「?知らないよ。」

      「数々の手柄をあげて、天才軍師で名の通っている竹中半兵衛だよ?」

      「知らないよ。」

      「・・・・変わった人だ。」



      そう言って肩を竦めてから、久作はの前の寝台に腰掛ける。



      「僕は竹中半兵衛の弟、竹中久作だよ。」



      よろしくね、と美しい笑顔を向けた久作に、も人懐っこく笑い返す。



      「えっとね、っていうの。呼び捨てでいいよ。」

      「?」

      「うん。」

      こくんと頷くと、は嬉しそうに無邪気に笑って見せた。

      その笑顔に、久作もつられて笑みを浮かべる。





      外は既に静まり返っている。





      「・・・そろそろ兄上も戻ってくるよ。」

      「キューちゃんね。」

      「?・・・・・・・・・・・・何が?」

      「あだ名。」

      「・・・・誰の?」

      「何が?」

      「え?」

      「キューちゃんのあだ名だよ?」

      「冗談だよね?」

      「え?何が?」

      「え、だから・・・・・え?

      「え?

      「・・・えっ?

      「え???



      と久作の会話は成り立っておらず、まるで小鳥のように首をかしげながら「え?」「え?」と言い合っている。

      どうやら二人の天然ボケは互角らしい。

      懸命に二人は誤解をとき、久作のあだ名は強制的にキューちゃんに決定された。


      と、そのとき、静かな足音が医務室内に響いた。









      「 殿、と言ったかな? 」





      その、穏やかな中にも有無を言わせない鋭さを持った声に、と久作はびくりとして振り返った。



      久作より、大人びた表情。

      涼しげな紫色の瞳が印象的だった。

      久作は紺色の瞳をしていて、長めの髪を束ねている。

      先ほど目が合ったのはこっちだ、とは確信した。



      「・・・なんで顔にバッテンつけてんの?

      「仮面だよ。」

      「なんで仮面つけてんの?」

      「僕の名を久作から聞いたかい?」





      半兵衛はふわりと笑って、さも何も聞いていないかのようにの質問を受け流した。





      「竹中・・・・竹中・・・・は、は、はー・・・・」

      「半兵衛だよ。」

      「そうそう半兵衛。」

      「・・・・半兵衛“様”だよ・・・・!!;;」

      「構わないよ、久作。」

      「半兵衛様?」

      「気にしなくていい。少し質問に答えてもらえるかな殿?」

      「でいいよ。」

      「・・・・では、君はどこから来た?」

      「日本。」

      「・・・・・。質問を変えよう。今はいつだと思う?」

      「今はねー、七月。」

      「年号は?」

      「それもわかんないの?」

      「・・・・・・。」





      ぴく・・・と半兵衛の顔が引き攣る。

      悪意が無いというのも、罪なものだ。

      怒るに怒れない。

      それをビクビクしながら見ている久作は哀れだ。





      「平成だよ?」

      「この袋は?」

      「あ!のバッグ!!」

      「この着物は?」

      「あ!のワンピース!!」

      の私物を次々出すと、聞きなれない単語を次々並べる。

      恐らく独眼竜と同じ類の言葉だろう。





      「なんでこんな服着てんの?」

      は、今自分が身に纏っている、浴衣のような服を摘んでみた。



      「女官に頼んで着替えさせてもらったよ。素材も調べたが現代の代物ではないね。」

      「えーえっちー。

      「数々の証拠が表している。君はこの世界の者ではないようだ。」





      の言葉を再び平然と流して、半兵衛は涼しげな笑みを浮かべた。





      「なんで?」

      「未来から来たなんて馬鹿な話だけど、そうでもなければ異国から来たかどちらかだ。どちらにしろ君は豊臣の力になる。」

      「???」

      「帰る術はあるのかい?」

      「わかんない。」

      「ならここに住むといい。君の部屋に案内しよう。」



      は言われるがままに淡々と話を進める半兵衛についていった。

      久作はその後ろからついてきているようだ。



      「半兵衛半兵衛。」

      「なんだい?」

      「ここ、どこなの?」

      「そうだな・・、戦国乱世、と言えばわかるかな?」

      「戦国乱世って戦国時代?」 

      「・・・そうとも言えるね。」

      「じゃあ豊臣秀吉とか織田信長とかいるの!?」



      の言葉に、半兵衛は目を見開いた。



      「知っているのかい・・・?」

      「うん、教科書とかに載ってるよ!」

      「・・・教科書、か・・・」


      未来の書に、自分達はどういう風に記されているのだろう。

      今の半兵衛には、それを聞く気にはなれなかった。


      「ついたよ。」


      幾段もの階段を上り、やっと到着したそこからは、全世界が見えるのではないかと思うほど、天に近いような気がした。


      「君の部屋は僕の部屋の隣だ。まだ君が誰なのかはっきりしないから、見張りということも兼ねてね。」

      「広っ!!!」

      「好きに使っていいよ。わからないことは僕か久作にでも聞いてくれてかまわない。」

      「ありがとう!」



      嬉しそうに笑ったにニコッと作り笑いを浮かべたあと、久作をその場に残して、半兵衛は部屋を出て行ってしまった。



      その後姿を、久作はため息をつきながら見送った。



      「・・・・、君じゃなかったら殺されていたかもしれないよ?」

      「なんで。」

      「君の性格だからよかったものの、おどおどしていたら怪しい者として処分されていたさ。」

      「えー、でよかったー。」



      全くわかっていないに、もう一度久作はため息をついた。



      「兄上は洞察力が半端じゃない。の正体と性格を瞬時に読み取ったんだ。・・・・流石兄上。



      の説教から兄の自慢話に発展し始めた久作を無視して、は鞄を漁った。



      「わかっているのかい?だから今こうして監獄にも入れられず・・・・って・・・何をしてるんだい・・・」

      「何も入ってない。」

      「・・・・?」

      「バッグ。」


      ガサガサと鞄を逆さにして振る。

      だがそこから何か出てくる気配はない。


      「あれー?携帯とか入れてたんだけどなぁ・・・ってわっ!」


      が携帯、と口にした途端、そこからの携帯電話が飛び出してきた。


      「すごいよキューちゃん!携帯出てきたよ!」

      「形態?」

      「うん!」

      「何の形態だい?」

      「携帯電話!」

      「形態殿和?」

      「そう!」


      勝手に久作の脳内で変換された形態殿和は、に気づかれることなく久作にインプットされた。


      「これだよ!」

      「・・・・へー・・・・」


      久作は物珍しそうにそれを眺めると、おかしな形に首を傾げた。


      「・・・・どんなことに使うんだい?」

      「電話だよ?」

      「殿和・・・・・平和になりそうだね。」

      「うーん、でも携帯シンドロームになるからあんまりよくないんだって。」

      「形態震度労務・・・そうか・・・大変だね・・。」


      お互い全く別のことを考えているのだが、何故か会話が繋がっている。

      二人で携帯電話をじっと見つめたあと、先に久作が携帯から視線を逸らした。


      「僕はそろそろ仕事に戻らなくちゃ。」

      「仕事?」

      「うん。はここで大人しくしているんだよ。」

      「ほーい。」

      「そのうち兄上が誰か遣わすと思うから。」

      「ほい。」

      ぽんぽんとの頭を撫でると、にっこり笑って久作は部屋を後にした。

      はぶんぶんと手を振ってから、久作が出て行ったのを見届けると、笑顔を崩してだらりと腕を落とした。


























      「・・・・・・・ふーちゃん・・・・・・・・・・・・」




















































































      とりあえず奇跡的に生き残っていたのをちょびっと訂正しました。

      半兵衛のスルースキルがまだ優秀です。